突然ですが 

あなたは自分のことを 

心から愛せていますか? 

 

 

隣の誰かの方が自分より先に 

欲しかったものを手に入れていたことに 

気が付いた時 

 

 

やらなくてはならないことがあるのに 

ついなまけてしまって 

 

いざはじめてみても、 

今の自分にそのための力が備わっておらず 

愕然とした時 

 

 

思い描いていた夢を 

あきらめるしかなくなってしまうような 

大きな失敗をしてしまった時… 

 

 

それでもあなたは、 

 

「かまわない」 

「それでも、自分は自分が好きだ」 

 

そう、言い切ることができるでしょうか。 

 

どんなに苦しい時でも 

自分を信じる。 

 

 

生涯、あなたはそれを 

貫けるでしょうか。 

 

 

私には、出来ませんでした。 

 

 

生まれて40年間、おそらく一度も 

出来ていたことはありませんでした。 

 

 

子供のころ、両親は仕事が忙しく 

まったくと言っていいほど 

会話のない家庭で 

 

私はテレビ漬けで育ちました。 

 

 

親からひたすら 

無視されるように育った私は 

さみしくて、ストレスで、 

おかしくなっていたのでしょう。 

 

  

小学生の時にはすでに 

色々な不調を抱えており 

  

今も少し目が不自由です。 

 

  

そんなボロボロだった私を 

学校帰りに癒してくれたのは 

テレビの中のスーパーヒーローたち。 

   

 

誰かのために戦う姿が 

とてもかっこよくて 

 

あんなふうになりたいなと 

子供心に憧れました。 

 

 

しかし現実の自分は 

いつもとてもかっこ悪く思えて 

 

鏡を見るたび 

なんてみっともないんだろうと 

思わずにはいられず 

 

   

どうしてこんなに 

何もできないのか 

 

どうしてこんなにみじめで 

だらしがないのか 

 

 

自分という存在を思うたびに 

辛くて、恥ずかしくて 

 

だからといって 

どうしたらいいのかもわからなくて 

 

 

私にできたのは、 

せめて周りに心配をかけないように 

平気なふりをして笑うことだけでした。 

 

 

大人になり、結婚し 

夢にまで見た自分の家族を手に入れ 

もうこれで、さみしくない…… 

と安どしたのもつかの間 

 

   

結婚生活はあっという間に破たん 

仮面夫婦と化して八年。 

   

分かり合えない関係に絶望し 

離婚を選択 

 

   

玄関をくぐった人が 

「おお」とため息を漏らす自信作だった 

南イタリア風の我が家を手放して 

 

   

冷たいコンクリ打ちっぱなしの 

一人ぼっちの1DKに 

独りひっそりと引っ越した時も 

 

 

もっと昔、祖父のお金で上京して 

親戚の家に間借りさせて 

もらってまで通った 

専門学校からの就職に失敗した時も 

 

せっかく就職できた 

会社が倒産して路頭に迷った時も 

 

   

次の一手を打つ気力もなく 

親に「結婚してない奴はダメだ」 

「働かない奴はダメだ」と 

言われながら 

 

ただ茫然と 

打ちのめされていた時も 

 

 

やっぱり私は、 

平気な顔をして 

笑っていたと思います。 

 

 

薬を大量に飲んで、げえげえ吐いて 

引き裂かれるような後悔と 

まだ生きていられることへの 

わずかな安堵のなかで 

 

 

自分らしく生きることも 

いっそ終わらせることもできないなら 

 

 

「じゃあ、いったいどうしろというんだ」 

「心豊かで幸せな人生なんて、 

一体どこにあるっていうんだ」 

 

と、若りし日の私は 

怒りにも似たやりきれない思いを 

つねに抱いていました。 

 

 

本当は叫び出したいほど 

ふがいない自分が憎くてたまらず 

 

自分の中にある抱えきれない 

切り裂くような痛み、悲しみを 

誰かにわかってほしかった。 

 

 

でも、 

 

「それは自分が悪いんだよね」 

 

 

きっとそういわれるからと 

私はせめて心配をかけないように 

笑顔を作ることしか 

できなかったのでした。 

 

 

もう一度言います。 

あなたはあなたを認めていますか? 

 

 

人の目を気にして言いたいことが言えず 

やろうと思って後回しにしつづけ 

結果を出せず、欲しいものも手に入らず 

 

今ある現実がすべて自分の手によって 

引き起こされたもので 

 

 

悪いのはいつだって全部自分で 

 

 

過去の苦しみのなにもかもが 

自身の選択の結果、 

 

うまくいかない、 

思い通りにならない 

人生のすべての原因が 

自分だったとしても 

 

 

それでもあなたは、 

あなたを 

 

 

愛することができますか? 

 

 

心の制限は、願望達成における 

最大、最悪の障害となり得ます。 

 

 

願いがなかなか叶わなかったり 

人生のある箇所に 

いつも同じような問題が起こる場合、 

 

その部分に心の制限があると考えて 

ほぼ間違いありません。 

 

 

そしてそれを自分で気づける人は 

ほとんどいません。 

 

 

心の制限を私は 

必ずしもそうではないことへの 

思い込みと定義していますが 

 

つっこんでいえば 

 

 

心の制限=自己否定です。 

 

 

誰もわかってくれないから 

社会がちゃんとしてくれないから 

 

だから自分は今こんなに苦しいんだと 

どんなにうわべで思ったところで 

 

 

あの時やるべきことを 

やっておかなかったから 

 

自分の気持ちを 

勇気を出して言わないで来たから 

 

言われたことを素直にやらないで 

言い訳ばかりしてきたから 

 

 

だから今、 

現実が思うようになっていない。 

 

 

あらゆることがうまくいかないのは 

結局は全部自分のせいなのだと 

 

悲しいかな、私たちは、 

みんなどこかでわかっています。 

 

 

だから、私たちは 

自分を責めるんです。 

 

 

無意識に、自分なんてダメだと 

思ってしまう。 

 

 

それが、心の制限の正体です。 

 

 

私もそうでした。 

自分なんて大嫌いだった。 

 

いっそいなくなってしまえばいいと 

思えるほどに自分が嫌で 

仕方ありませんでした。 

 

 

そんな時 

私にこんなことを言った女性がいました。 

 

 

「一生懸命努力してきた人間を、 

馬鹿にするの?」 

 

 

そのころはようやっと、 

起業家として 

お勤めしている時くらいは 

稼げるようになっていましたし 

 

自分のすべてがダメではないとは 

思ってました。しかし 

 

 

俺なんて、ダメだよなあ・・・ 

 

 

うまくいかないことがあると 

そんな自己否定が 

相変わらず顔をだしてきます。 

 

そのころの私は30代後半。 

離婚して独り身、まだまだ人生に 

迷っていたころ。 

 

 

まあ、あれだけ人生で 

失敗を繰り返していたら多少なりとも 

自分をダメだと思って 

当たり前だと思いますが 

   

 

しかし誰かの悪口を言ったなら 

いざ知らず 

 

自分を責めることで 

まさか叱られるとは 

思ってもみませんでした。 

 

 

私はその言葉に 

頬を打たれたような衝撃を受け、 

 

と同時に、目の前で火花が散り 

ずっと暗かった視野が 

突然明るさを取り戻したようで 

ドキッとしました。 

 

 

悪いのはあなたじゃない。 

やり方が悪かっただけ。 

 

だからたまたま失敗してしまっただけ。 

 

 

なのに自分や周りが悪いことにして、 

 

本当にやらなきゃいけないこと(※失敗の原因を特定し、 

次はそうならないように自分を変えること)から 

 

逃げ回ってたら 

うまくなんていくわけない。 

 

 

なにより、 

日々踏ん張って生きている人間を 

結果だけを見て否定するなんてひどい。 

 

 

目の前にいる人が 

自分と同じ失敗をしたとき 

あなたはその人を 

「お前はダメな奴だな」と 

 

あざ笑う気なの??? 

 

 

それと同じことを、 

あなたは自分に対してしているんだよ。 

 

 

その時、私は私の苦しみの正体を 

ようやく理解したのです。 

 

 

お前なんかだめなんだ。 

どうせうまくいきっこない。 

 

 

働かないから勉強ができないから 

魅力がないから知識やスキルがないから 

金がないから家族がいないから 

愛されてないから 

 

 

そんな奴、なにやったって 

うまくいくわけないだろ 

 

 

そんな言葉を、私は、私自身にぶつけ、 

罵倒し続けていた。 

 

 

それこそが、 

私の人生がうまくいかない原因。 

 

 

私の苦しみを作り出していたのは 

私自身だった。 

 

 

「そうか……」 

 

 

モヤモヤが晴れ、頭の中が唐突に 

クリアになりました。 

   

何かが天から降りてきたかのようでした。 

   

 

自分を苦しめていたのは、 

周りじゃない。 

 

愛されなかったからじゃない。 

 

離婚したことでもなく、 

仕事に失敗したことでもない。 

   

 

「そんな自分はダメだ」と 

自分に向けて言い続けていた 

 

 

自分だったんだ……。 

 

 

親に似たようなことを 

言われたこともあります。 

 

 

でも、それを「その通りだ」と 

うけいれて自分の言葉に 

書き換えていたのは、やっぱり私でした。 

 

 

周りのせいだと思っていた。 

自分のせいだと思ったいた。 

 

でも、そうじゃなかった。。。。 

   

 

私の「心」が私の現実を作っていたんだ……。 

 

 

その女性はそのあと 

 

 

「よく頑張ってきたね」 

 

 

と、私の努力をねぎらい、 

私のいいところをたくさん見つけて、 

ほめてくれました。 

 

不意に、両目から熱いものがあふれて 

私はぎょっとしました。 

 

 

胸や喉元が燃えるように熱くなり 

次の瞬間にはつかえていた塊を 

吐き出すように 

 

 

「ずっとそんなことを言ってくれる人が 

欲しかった」 

 

 

と、私は号泣してしまっていました。 

 

 

ずっと人前では 

笑うようにしてきました。 

前向きでいようと心がけていました。 

 

 

それが一番いいと思い込んでいたからです。 

 

 

でも、初めて 

人前で本音を吐き出しながら 

私は泣きました。 

 

 

「おはよう」が返ってこない 

独りの朝。 

 

なにをやっても 

思い通りにできたことのない 

大嫌いな自分。 

 

 

でも、本当は 

「頑張ったね」 

っていってほしかった。 

 

 

「それでも大好きだよ」 

って思われたかった。 

 

 

どんなにダメな自分だろうと 

誰かに愛してほしかった……。 

 

 

運命という言葉があるのなら 

まさにこのことを言うのだと思います。 

 

 

その時の私にはまだ 

知る由もありませんでしたが 

 

心の奥底で思い描いていた願いが 

はじめて、完璧な形で 

現実の出来事となったのが 

 

 

この女性との出会いだったのです。 

 

 

後日、私は、 

クライアントさんたちと 

自宅で忘年会を開きました。 

 

 

当時は今と違い 

住まいが東京に近かったので 

コンサルはほぼ対面で、 

カフェやラウンジでやっていましたし 

 

 

独り暮らしでしたので、 

自宅でグループコンサルを 

することもよくありました。 

(今は対面はやってないですよ~~) 

 

 

そしてそこには、 

“その女性”もお子さんと一緒に 

参加していました。 

 

 

真っ赤なほっぺが 

まあるくふくらんだ 

 

なんともかわいらしい 

ちっちゃな女の子を連れた、 

若いお母さん。 

 

 

それが、初回のメルマガで 

「努力してる人間を馬鹿にするな」 

と私を叱ってくれた 

肝っ玉おねえさんでした。 

 

 

私より10近く年下でしたが 

私よりよっぽど大人で 

 

どころか、その場にいた誰より 

心のこと、人生のこと、 

わかっていたのは彼女でした。 

 

 

しかしその時の私は 

それがなんでなのかも 

よくわかってなくて 

 

 

ただ、よく私をいじってくれるので(笑) 

 

 

彼女と一緒にいることを楽しい、 

心地よいなと、感じていました。 

 

 

当時は才能を活かしたサービス制作 

みたいなことを教えていて 

 

まだそこまでメンタルに 

特化はしていなかったのですが 

 

 

来る人来る人、 

みんな何かを抱えていて 

 

やってることは完全に 

メンタルコーチでした。 

 

 

そんな中、彼女は、 

旦那さんがリストラされまくることで 

いよいよお金がなくなり 

 

なんとかしようと 

私のところに来ていました。 

 

 

小さなお子さんを 

保育園に預けて 

パートで働いてはいたものの 

 

 

「五時起きで弁当作って、 

娘を預けて 

 

夜帰宅したら 

深夜まで家事と育児。 

 

ここまでやっても 

パートじゃ大して稼げない」 

 

 

「保育園は空きがないから 

認可外の高いところにしか 

入れられない。 

 

稼いでも保育園代で 

5万も6万も持ってかれて 

保育園代のために働いてるみたい」 

 

 

「子供は寂しそうだし、 

働かないで 

節約してた方が 

 

ましなんじゃないかと 

思うこともある」 

  

 

と、そんな感じだったようです。 

 

小さな子供を持つ 

女性を取り巻く環境が 

ここまでハードだとは 

 

当時、子供もおらず 

結婚もしていなかった私は 

愕然としました。 

 

 

リストラされてもされても 

食らいついて就職して 

必死に働いてくれる 

 

旦那さんの負担を 

少しでも減らしたい。 

 

 

でもパートでは追い付かないし 

 

母親として 

娘のそばにもいてやりたい。。。 

 

 

そうして在宅起業の道を 

進むことを選んだ彼女は 

 

誰よりまじめで 

やる気のある生徒でした。 

 

 

話した感じ、 

とても優秀な人なのに、 

 

なんでこんなに困窮してるのか 

聞いてみたところ 

 

 

「自分が働いて、稼げればいいんだけど」 

 

 

と、ぽつりと漏らしつつ 

 

 

高校三年の頃から病気をして 

受験や就職を 

断念せざるを得なかった、 

 

 

だからキャリアがない、 

 

 

ただでさえ 

子持ち主婦ってだけで 

働き口がないのに 

どうしようもない、 

 

 

元気になったのもごく最近、 

娘を出産してからだから 

 

 

何んでもできるって 

わけじゃないんだと 

教えてくれました。 

 

 

「病気と言っても 

体の病気じゃなく 

うつ病なんだけど」 

 

 

彼女は当時そう言っていましたが、 

たとえば照明がまぶしくて 

目を開けていられないとか 

体から変な水が出るとか 

駅まで歩くのもやっとだったとか 

 

 

他にも特定の状況下での 

パニック発作のようなもの 

まであったようで 

 

 

これはただの 

うつじゃないよなあ~と 

 

 

整体院経営の傍ら 

分子栄養学を 

学んできた経験から 

直感しましたが 

 

(そしてその時の私の直感は、 

 

のちに栄養医学の 

専門医のもとで 

証明されたのですが) 

 

 

しかし、私はどうして彼女が 

そんなに苦しい状態になっていたかの一端を 

 

 

そのあと奇しくも目の当たりに 

することになったのでした。 

 

 

そろそろ夜も更けるという頃 

電話がかかってきて彼女は席を外し 

私はその場にいたほかのみんなと、 

談笑していました。 

 

 

しかし、彼女が突然、 

真っ青になって 

部屋に飛び込んできました。 

 

 

「○○君が、死んじゃった…」 

 

 

「え……?」 

 

 

頭が、真っ白になりました。 

 

 

「死」 

 

 

その言葉に 

私は心臓が凍るような 

冷たい衝撃を受けました。 

 

 

わきあがるゾッとした感覚を 

こらえようと私は深呼吸し 

言いました。 

 

 

言うしかなかった、 

とも言えますが 

 

 

「とにかく、行こう」 

 

 

と、私は今にも 

倒れそうな彼女を連れ 

 

眠っている彼女の娘ちゃんは、 

ほかのみんなにお願いをして 

現場に急行しました。 

 

 

悪夢の夜、 

というものがあるなら 

 

まさにあの時のことを 

言うのだろう 

と思います。 

 

  

冷たい夜闇の中、 

真っ赤に光っていた 

レスキュー車の灯りが 

心臓を突き刺してきます。 

 

 

「夢じゃない、現実なんだ」 

 

 

私はただ 

茫然としていました。 

  

 

ずっと一緒に生きてきた 

かけがえない家族、 

 

何者にも代えられない 

大好きな人を亡くしてしまった 

彼女の痛ましい姿を見て 

 

 

私の頭はぐちゃぐちゃで 

 

 

何もできない、どころか 

何をしていいか考えることすら 

出来ませんでした。 

  

 

人生において、 

意味のないことは 

決して起こらないのだ 

と、私は思います。 

 

 

その時、私の人生もまた 

大きな転換期に来ていました。 

 

 

もうお気づきかもしれませんが 

 

この女性こそが 

私の今の奥さんです。 

 

 

悲しみでボロボロに 

なってしまった彼女を 

私は必死で支え、 

 

 

こんな状況で 

卑怯じゃないか 

 

まだ早すぎはしないかと 

悩みながらも 

 

 

私は彼女に結婚を申し込みました。 

 

 

彼女と、まだ小さな 

可愛い娘ちゃんを 

守り抜きたい。 

 

 

亡くなった旦那さんの 

代わりにはなれなくても 

 

 

少しでも、 

自分のこの手で 

二人を笑顔に、 

幸せに出来たらと 

 

 

私は初めて 

人生の与うる試練に 

挑もうとしていました。 

 

 

何をやっても 

うまくいかず 

 

 

頭も容姿も 

いいわけじゃないし 

 

 

まともな定職にもつけないで 

転職を繰り返し 

 

 

リストラされたあげくの苦肉の策で 

整体院を開業してもそこそこどまり、 

 

先輩たちのような輝かしい成功もなく 

 

 

離婚をし、家も手放し、独りになり… 

 

 

ほんとうは 

行きたい場所に 

行きたかった。 

 

 

なりたい自分に 

なりたかった。 

 

 

私の子供のころの夢は 

ヒーローになること。 

 

 

テレビの中の 

スーパーヒーローのように 

 

苦難に立ち向かい、 

乗り越えられる人に 

なりたかった。 

 

 

ずっとずっと、私は 

自分の人生の苦しみから 

救われたくて 

 

あがいてきたんです。 

 

 

しかし私は、 

その時はじめて 

 

自分ではなく 

 

 

誰かを救うことを 

選びました。 

 

 

人生は数々の選択肢で 

成り立っています。 

 

 

間違った選択を繰り返せば 

願望達成はかなわず 

 

 

人生は苦しいものに 

なっていきますが 

 

 

正しく選択できれば 

 

 

願いは叶い、 

 

 

心が幸せで満ちる経験を 

することができます。 

 

 

私はこの時、ようやっと、 

正しい選択をすることができたのでしょう。 

 

 

夜も眠れず、 

食事もまともに 

喉を通らずの奥さんを見て 

 

亡くなった旦那さんが 

本当に好きだったのだなあと 

 

 

私の胸はいろいろな意味で痛みました。 

 

 

どれだけ無念だったでしょう。 

 

 

二人の未来を切り開くために 

必死に学んで行動して 

 

 

決して強くない体に鞭打って 

努力を続けてきたのに 

 

 

一番幸せにしたかった人が 

突然いなくなって 

しまうなんて。 

 

 

泣きじゃくる奥さんに 

私は一晩中寄り添い続けました。 

 

  

ご飯も作りました。 

掃除も洗濯も全部やりました。 

 

 

可愛いちゃんの 

幼稚園への送り迎えも 

毎日しました。 

(私のiPhoneの容量が 

可愛いちゃんの動画データで 

あっという間になくなりました) 

 

 

正直、それままでは 

子育てがこんなに 

大変だなんて 

思ってもいませんでした。 

 

 

家族のための家事がここまで 

やってもやっても終わらない 

膨大な作業だとも 

 

知りませんでした。 

 

 

世の女性が 

誰にも褒められずとも 

お金にならずとも 

男よりも数倍か弱い体で 

どれだけ必死に努力し 

日々踏ん張っているのか 

身に染みました。 

 

 

私がここまで色んなことを 

頑張ったのは 

 

 

人生で初めてじゃないかなと 

思います。 

 

 

そこで私ははじめて 

 

他者は自分の鏡、 

行いはすべて自分に返ってくる… 

 

 

といったような 

言葉の意味を 

 

痛感します。 

 

 

「あなたに会えてよかった」 

「あなたのおかげで救われた」 

 

 

「あなたがいなかったら、 

私も娘もどうなっていたか 

わからない」 

 

 

「私と娘を幸せにしてくれて 

ありがとう」 

 

 

「あなたは私たちのヒーローよ」 

 

 

奥さんから返ってきたのは 

たくさんの感謝と 

 

 

大きな愛でした。 

 

 

私の「自分ダメ」 

=心の制限が 

 

ほどけていった瞬間 

 

 

「ヒーローになりたい」という 

子供のころの夢が 

かなった瞬間でした。 

 

 

真に満ち足りた人生を生きたいと 

人が願う時 

 

その裏には、おそらく 

 

大きな悲しみや苦しみが 

あるのではないでしょうか。 

 

 

ままならない現実に 

自分の無力さに 

 

こんなはずではなかったと 

悔しさに打ちひしがれた時に 

 

 

それでも、と 

 

立ち上がった人々は 

例外なく 

 

世の中を少なからず 

変えてきました。 

 

 

人はさいわい、 

苦しむ人を目の当たりにして 

大事な誰かが傷つくのを見て 

平然としていられるほどに 

 

 

心が弱い生き物ではありません。 

 

 

手を差し伸べ、力を貸し 

寄り添い合い 

知恵を出し合って 

 

 

どんな苦難も困難も 

乗り越えてきたのが 

 

 

人の歴史です。 

 

 

あなたは誰かのために 

戦えていますか。 

 

 

自分に力があろうとなかろうと 

 

 

人と比べて 

優れていようといまいと 

 

 

自分に今できることを 

 

 

精いっぱいやれていますか。 

 

 

先のことは誰にもわかりません。 

未来が見通せる人などいません。 

予言は簡単に覆り(くつがえり)ます。 

 

 

でも、私たちは 

夢を見ることができます。 

 

 

希望を持つことができます。 

 

 

「もっとこうなりたい」と 

願うことができます。 

 

 

心豊かで穏やかな人々が 

互いの幸せを尊重し合いながら 

手を取りあって生きる 

 

 

すべての子供の可能性が 

理不尽によってとざされることがない 

 

 

そんな愛で満ちた 

平和な世界は 

 

 

かつて戦火の動乱の中 

命の価値がない世界で 

 

それでも懸命に生きた 

私たちの先祖の夢です。 

 

 

(今や人でごった返す 

きらびやかな東京の表参道だって 

火の海だったことがあるわけです) 

 

 

彼らが勝ち取ったものが 

今の私たちが生きている 

この世界です。 

 

 

努力しさえすれば 

あきらめさえしなければ 

自分の夢や願いを 

かなえることができる世界が 

 

 

どれだけ、 

「当たり前ではない奇跡」なのか 

 

 

知ってください。 

思い出してください。 

 

 

過去から今までを振り返って 

私たちほど恵まれている世代は 

おそらくいません。 

 

 

好きなことを 

発信してください。 

 

 

自分らしくいてください。 

 

 

あなたがあなたであることを 

とがめる人はいません。 

 

 

いるとしたら 

それはあなたの心の声です。 

(※心の制限) 

 

 

あなたの気持ちひとつで 

行動次第で 

 

あなたの夢は 

かならず叶えることができます。 

 

 

どうぞチャレンジしてください。 

 

 

このままでいいや……という 

怠惰なあきらめは捨てて 

「こんな風に生きたい」を 

全力で実現してください。 

 

 

私たちの子供たちの生きる世界が 

どんなものになるのかは 

今の私たちの生き方次第 

 

 

私たちが何を夢見るか 

次第なのです。 

 

 

あらゆることがうまくいかず 

必死に努力してもなかなか実らず 

「自分なんかだめなんだ」と 

 

失意と落胆の中で 

長いこと生きてきた 

私だからこそ 

 

 

同じようにうまくいかないで 

悩んでいる人たちの気持ちを 

 

理解することができるのだと 

思っています。 

 

 

「失敗してもいいだなんて 

誰も言ってくれなかった」 

 

「こんな自分でもできるよって 

言ってくれたのは 

 

ふじぬまさんがはじめててです」 

 

 

そう、涙ながらに言っていただけた時 

 

 

私の今までの 

過去の失敗の歴史が 

 

消したくて消したくて 

仕方なかった 

 

ダメな自分が 

 

 

「生まれてきてよかった」と 

 

 

涙ながらに 

笑顔になるのを感じました。 

 

 

私が今こうして自分らしく 

日々充実して生きていられるのは 

応援してくださる 

皆さんのおかげです。 

 

 

あらためて感謝を 

述べさせていただきます。 

 

 

そしてここまで 

長文を読んでくださって 

 

 

本当に本当に 

ありがとうございました。 

 

 

どうぞこれを読んでくださっている 

あなたの未来が 

 

 

よりいっそうの輝かしいものになりますように。 

 

 

企画/原案/監修/デザイン制作/ふじぬまさとし 

著/ふじぬま果里  

発行/ベストライフコンサルティング事務所 

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